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気づく

更新日:5月1日


『人は変われる』『人は変われない』

自分ごと他人事いづれにしても、誰もが一度は頭を悩まされたことがあるのではないでしょうか。もし変われるとしたら、何かきっかけがあるはずですね。そのきっかけはある時目に入ってきた情報だったり、その時出会った人が発した言葉だったり。

そしてそれに対して起こる反応を想像してみますと、

①あ!なんかピンときた、何かが閃いた

②あ!ってなったけど、何それ何それって相手側に求めまくる

③なるほどね、って言いながらそうかなぁと心の中では思うからいつもモヤモヤする

④気づかない笑

などなど。

これ、どれが正しいとか、さああなたはどれですか?の話じゃないですよ笑

発信元A、反応する人B、そしてあなたはCさん、そのやりとりを傍観する人です。

じゃないと、あの仲介に入ったはずの人がどっちかの肩を持って余計ややこしくなるやつになります。

例えば

②は閃いたんだけど、答えを外に求める、その答えは外にある、と信じてる。

③は匂いは嗅ぎつけてるんだけど、違和感があるから信用出来ない。

②は基本人は変わると思っているけど、まさか自分が答えを出せるとは思っていない、

こうゆうタイプも多いですね。


③ははなっから変わると思ってない。自分が確信しているなら、相手側にそれ違うよって言わないにしても自分は違うと思う、で完結すればいいんですね。焦点が相手と違うことにモヤモヤする、自分が違うかもしれない、いや絶対お前はおかしい笑

それはもう本題とは別の問題に移っています。先ほどの厄介な仲介の人の次元に変わっています。

これも多いですね。客観視してると思っている自分それが主観から来ている、みたいな。

いわゆる思い込みですね。


もう一旦徹底的にCさんになる、そしたらこのトリックすごいわかるはずなんですよね。

で、その後で自分や相手をAさんBさんに当てはめてみたら何か新しい違う視点が生まれるかもしれない。

自分の中で自分が一致していない状態の時があるということを自分は知っている、のが自分を信じるということです。不安や違和感は他人と一致しないからではなくて、まず自分が一致していないところからやってきます。自分が一致していないと気づいたら、他人も一致していないのが理解できます。これが客観視ですね。

感情は入りません。感情が入った途端にそれは主観になり、主観は一致を求めますからね。

答えとか結果を求めるとつい言葉で何かの決着がつく、目に見える形となって何かが現れると思って追いかけてしまうけど、決着がつく状態は自分が①の時です。④はまだその時ではないだけで、必要なかった。タイミングも神様から与えられる課題の一つですね。


そして自分がその①の状態というのは、答えがわかったから変われたというよりは、自分が自然と一致したことがきっかけで次の展開が自ずと開いていく、想像していた展開ではないかもしれないけれど、自分が何かを決意したことでまず扉が開いた。

才能があるから開いたんじゃなくて、フラットだったからこそその人の才能の扉は開放されたんでしょうね。

この時点で他人から見たらその人は変わったように感じるでしょうが、本人はなんせフラットなもんだから変わったというよりは結果進化した、のほうが近いかもしれませんね。

そして、自分は確かにここに来るはずだったとわかる、と言いますね。 そうなるとやっぱり自分の在り方に帰結するんじゃん?でもアウトプットして世界と繋がらないと気付きは生まれない。。。

のループから永遠に抜けられないんでしょうかね。

悟ったからと言って、もう一生涯自分が一致していない状態はなくなるイエイ!て訳でもないんでしょうけど笑。そこは人間ですから。

あくまでも揺れ続ける不安定な生き物。

気持ち悪い締めでごめんなさい笑。

でもこの見方を、自分の身体や周りの世界に対してもしてみると答えではないけど本質は見えてきたりします。


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